No Car No Life!

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MY STORY

なぜ、私はREGUITに惚れ込んだのか。 「車で不幸になる人をゼロにしたい」という原点。

テクラ株式会社 販売企画ディレクター 松永 和仁

テクラ株式会社で開発した自動車盗難時追尾・追跡システム「REGUIT(リグート)」。 2023年のリリースから少しずつ共感の輪は広がっていますが、まだ道半ばです。なぜ私がこの製品にこだわり、人生を賭けているのか。その背景にある私の「車愛」の物語をお話しさせてください。

※自動車盗難に関することはほぼ書いていないですので、興味ない方はスルーしてくださいませ。

カーキチといわれた小学校時代

1970年生まれの私は、スーパーカーブームの末期を過ごしました。カウンタックやポルシェに憧れ、近所のディーラーへ足を運んでは「厚いカタログください!」と営業さんを困らせる、そんな子供でした。

「お父さんによろしくね」

そう言われながら手に入れたカタログを一字一句読み込み、自動車雑誌のレポートに胸を躍らせる毎日。いつかこんな車に乗りたい――その一心で、ショールームを巡る日々が私の原点でした。

未体験ゾーンの衝撃と、世界の壁

小学5年生の時、新聞の見出しに躍った「未体験ゾーン」の文字。初代ソアラの登場です。当時自主規制で車の最高出力は145馬力(グロス、いまのネット表示とは異なる。ネット換算だと120馬力程度)。唯一フェアレディZだけが規制を超える155馬力を標榜していた。そんな時代に、170馬力(これもグロス。ネット換算だと145馬力程度)という圧倒的なスペック、スーパーホワイトのGT。スペック、デジタルメーター、スタイリングに衝撃を受けました。

しかし、同時に知ったのは欧州車の厚い壁。某車雑誌の記事で、アウトバーンでBMW 633CSiに打ちのめされる初代ソアラの姿に衝撃を受けつつも、国産最強のソアラへの憧れを強く感じていました。そこから、国産車は世界と戦えるであろう車を次々と世に送り出していきます。

私はますます「車」という魔法のような宝物に魅了されていきました。

峠を駆け抜けた、シルビアQ’sとベストモータリング

大学時代の相棒はS13シルビア。同時期に、試乗したのがFC3S。二代目RX-7でした。そのパワーとレスポンスのすごさを体感し、ターボパワーと今の自分にとってはあまりに速すぎる。速さの恐怖を知り、己の腕を磨くために、あえて、自分でもコントロールできそうな、シルビアQ’sを選びました。SR20DEの後期モデルです。

バイト代はすべてガソリン代とローンに消え、夜な夜な峠へ。運転が上手くなりたいという一心で走りまくります。大学時代の走行距離は10万キロを軽く超えました。

走りこみだけでなく、運転の知識を学んだのは、実際に走っているシーンを見ることができ、日本のトップドライバーが、語るメッセージ。私のドライビングバイブルはカービデオマガジン「ベストモータリング」でした。

「車は人を幸せにするもの」

大切な人と思い出を共有し、自分だけでは行けない場所へ連れて行ってくれる。運転の楽しさ。チューニングする楽しさ。カスタムする楽しさ。そんな車の価値を伝えたい。その想いが、私の進むべき道を決定づけました。

「採用の予定はありません」からの逆転劇

1993年卒業のわたしは、絶対に車関係の会社に就職すると決めていました。

ですが、実は就職氷河期第一期生だったためか、本州の会社を100社受けて全部不採用。

それでも、車関係の仕事をしたいという気持ちを捨てきれず、憧れのベストモータリング制作会社へ電話。

大学は理系だったので、車の開発にかかわる仕事をしたかった。

ですが、車が人の人生において、価値あるものという想いは幼少期から、車に憧れ、大学時代に多くの思い出を作ってくれた車は、わたしにはなくてはならないものでした。その車のすばらしさを多くの方に知ってもらいたい、感じてもらいたいという想いも強くありました。

その想いを具現化する仕事が、愛読ビデオでもあった、ベストモータリングで仕事をすることにつながったのです。

だめもとで、電話をかけて、「今年の採用はありますか?」と聞くと、「今年は採用の予定はありません」の返答。

諦めきれなかったわたしは、「見学だけでも」と食い下がり、見学の機会をゲット。会社訪問の当日には、社長に車への愛を語り尽くしました。

そして、2週間後、奇跡の電話が鳴りました。「新卒採用を試験を行うことになってので、入社試験を受けに来ませんか?」という電話だったんです。

――人生で一番喜んだ瞬間でした。

そして、その試験で、なんと

採用!

それから10年。数々の名車をドライブする機会をいただき、当時、日本のトップレベルの偉大な人々と仕事をし、車の楽しさを世界に発信する日々。わたしの「車愛」を、人々に伝える機会を得たのです。

その10年の中で、わたしがもっとも大切にしていたものは、「誰にも負けない、自分だけのこだわりを持って、読者に価値ある情報を伝える」ことでした。

どこまでできたかは、わかりません。ですが、10年間。自分の力を精一杯注ぎ込みました。

そして、REGUITと共に歩む理由

北海道に戻り、様々な経験を経て出会ったのが、テクラ代表の豊田氏と「REGUIT」でした。自動車盗難という理不尽な悪意から、大切な愛車をふたたび取り戻すシステム。まさにREGUITのキーワードになっている「奪還」することが使命だと、豊田代表はわたしに熱く話してくれました。

豊田代表の言葉に心が動かされました。この価値を少しでも多くの人に伝えたい。

そして、強く抱いた思いがありました。

THE MISSION OF REGUIT

「車で不幸になる人を、これ以上増やしたくない」

車は、単なる移動手段ではありません。オーナーと、大切な人たちとの人生を豊かにし、彩りを与える魔法の宝物だと、わたしは思っています。その宝物が奪われ、絶望に突き落とされる人を一人でも減らしたい。

報酬のためではなく、この想いに共鳴したからこそ、私は今ここにいます。 本気で、REGUITを届ける。それが私の使命です。

あなたの愛車が、いつまでも「幸せの場所」であり続けるために。No Car No Life!